その後の研究で、キプロスでのFIP感染爆発の原因となるウイルスが同定された。
これはネコ・コロナウイルス(FCoVI)と、イヌ・コロナウイルス(CCoVII)の中でも病原性の高いpantropic canine coronavirus(pCCoV)の間で遺伝子組み換えが起きて生じた新しいウイルスであり、著者らはFCoV-23と名付けた。
(イヌのCCoVは消化管にとどまり下痢などの症状を呈するだけだが、pCCoVはFIPVと同じように全身臓器に拡散し致死的となる。)
New feline coronavirus blamed for thousands of cat deaths in Cyprus
Science, Vol 382, Issue 6673, 2023. doi: 10.1126/science.adm9513
bioRxiv 2023. doi. org/10.1101/2023.11.08.566182
上のbioRxivの論文より(doi: https://doi.org/10.1101/2023.11.08.566182)
水色部分がFCoVIの遺伝子。FCoV-23はスパイク部分が紫色のpCCoV遺伝子に置換されている。
FCoV-23は通常のFIPVと同じようにdryとwetのFIPを生じるが、wetが多く、また通常のFIPVに比べても神経症状が多い。通常のFIPVと異なり、ネコの年齢に関係なく感染する。
また、通常のFIPVはネコからネコへの水平感染は基本的にしないとされているが、FCoV-23は糞便中に排泄されて他のネコに容易に感染すると想定され、これがキプロスでのFIP感染爆発につながったと推察されている。
完全室内飼いのネコでも、人間が衣服や荷物に付いたウイルスを持ち込むことで感染している。
LABOKLINによりFCoV-23を特異的に診断するPCRも開発されている。
現時点(2024年2月)では感染はほぼ全例キプロス島内に限られており、他はイギリスで1例とブルガリアの2例だけ報告されている。
FCoV-23 – New Virus Variant Now Spreading in Europe?
このウイルスが他のヨーロッパおよび全世界に拡大したら、世界中のネコに壊滅的な打撃が予想される。
ただし、従来のFIPあるいはヒトの新型コロナ用の薬が有効であり、実際キプロスでも人用に備蓄してあったモルヌピラビルがネコの治療に用いられた(wet 10mg/kg BID、dry 12mg/kg BID、神経/眼 15mg/kg BID:
84日間。20mg/kg/日を超えると白血球・赤血球減少の副作用)。キプロスではRemdesivirとGS-441524の使用も承認されており、BOVAより入手可能となっている。
とはいえ、多くのネコに高価な薬剤を長期に投与するのは現実的に困難であり、予防に有効なワクチンの開発が期待される。
なお、キプロスにあるNear East Universityの研究者によるコンピューターを用いたモデル解析によると、人に感染する可能性は非常に低いとのことである。
FCoV-23については、下記のwebinarで詳しく解説されている。
FIP: From the FCoV to FCoV23, The Cyprus Case, or A New Perspective in the Way We See Coronaviruses.
もっとも、ネコとイヌのコロナウイルス(FCoVとCCoV)の間で遺伝子組み換えが生じることは、以前から知られている。
FCoVとCCoVはともにAlphacoronavirus に属し(ヒトのSARS-CoV, MARS-CoV, SARS-CoV-2はBetacoronavirus)、共通の祖先から進化してきたものと想定され、2型のFCoVは1型のFCoVと2型のCCoVとの間のスパイク遺伝子の組み換えで生じたと推察されている。
A Tale of Two Viruses: The Distinct Spike Glycoproteins of Feline Coronaviruses
これに関しては、先頁にも記載したように、Teradaらによる下記の日本の研究がある。