・モルヌピラビル(molnupiravir):RNAウィルスの合成阻害

日本でも新型コロナの飲み薬として承認されたモルヌピラビル(商品名 ラゲブリオ:メルク)ですが、猫のFIPに対する効果も検討されています。

 

(2023年夏のキプロスでのFIP感染爆発では、実際にFIPの猫に投与されたそうです。)

 

 FIP Warriors CZ/SK - EIDD-2801(Molnupiravir)

 

THE LONG HISTORY OF BETA-D-N4-HYDROXYCYTIDINE AND ITS MODERN APPLICATION TO TREATMENT OF COVID-19 IN PEOPLE AND FIP IN CATS. 

Niels C. Pedersen DVM, PhD 

 

Alternative treatments for cats with FIP and natural or acquired resistance to GS-441524

Niels C. Pedersen, Nicole Jacque,  November 3, 2021

 

1番上のサイトの情報によると、日本を含む9か国ですでに臨床試験が行われており、286匹のFIPの猫(眼・神経症状ありを含む)に経口投与したところ、28匹は4~6週間で治癒し、残りの258匹は8週間で治癒したそうです。

ただし、これは中国のblack market製剤を使用した研究であり、正式な論文になっているわけではありません。

また、投与量は下記を用いています。

Dry/Wet FIP: 25mg/kg q24h

Ocular FIP: 37,5mg/kg q24h

Neurological FIP: 50mg/kg q24h

 

ただし、下記のDr. Pedersonの意見に従い、その後は下記のように推奨量が改正されています。

Wet / Dry FIP: approx. 5-7 mg / kg q12h

Ocular FIP: 8-10 mg / kg q12h

Neurological FIP: 10-15 mg / kg q12h

 

 

上の3番目の論文(PDF)によると、Dr.Pedersenは自分で投与量を検討したわけではないですが、以下のように経口投与の場合の投与量を推定しています。

 

・細胞実験でのGS-441524との効果の比較から

4 mg/kg PO q24h

 

・ヒトの新型コロナ感染症に対する投与量との比較から

4.5 mg/kg PO q12h for non-ocular and non-neurological forms 

ocular (~8 mg/kg PO, q12 h) or neurological FIP (~10 mg/kg PO, q12h)

 

 

これに比べると、1番目のサイトで研究に用いられた投与量は倍以上の量になります。

しかし、Dr. Pedersenはヒトでの投与量を400 mg/day(200 mg PO q12h)として計算していますが、現在の実際の投与量は1600 mg/day(800 mg PO q12h)なので、上の計算の4倍の投与量が必要となる可能性があります。

 

そうなると、

18 mg/kg PO q12h for non-ocular and non-neurological forms 

ocular (~32 mg/kg PO, q12 h) or neurological FIP (~40 mg/kg PO, q12h)

となり、結局1番目のサイトで研究に用いられた投与量よりもさらに多い量となります。

GSに比べ、molnupiravirはまだFIPに対する使用例が少ないので、本当に適した投与量や投与期間の決定は今後の課題と思われます。

 

 

世界的にはメルクの了解のもとでmolnupiravirのジェネリック製品が生産されており、日本への個人輸入も可能のようです。

200mg 40カプセルを6000円程度で売っているサイトもあり、上記の投与量で投与した場合、GS製剤に比べてかなり安価ですむ可能性があります(Neurological FIPで40mg/kgを1日2回の場合でも、体重2.5kgで1日 1カプセル)。

そのため、すでにFIPの治療に用いている日本の動物病院もあるようです。

 

ただし、動物実験で催奇形性が報告されており、人では妊婦への投与は禁忌で、また小児(18歳未満)は適応外となっています。

人の新型コロナ(5日間の投与)と違って、猫のFIPでは子猫が多く投与期間が長期になるため、副作用の可能性を考えると、まずはGSを優先したほうがいいという考え方が主流のようです。

上記のDr.Pedersenの論文でも、GS-441524に耐性の場合にmolnupiravirを用いるべきという考えのようです。

 

また、本来メルクがライセンスをジェネリックメーカーに供与したのは、低・中所得国の人々が安価にこの薬を入手しやすくするための人道的処置と言われています。

ちなみに、日本ではラゲブリオの薬価は1カプセルが2537.80円に決まりました(5日間分の薬価は9万4312円になりますが、現在は全額公費負担のため、本人負担はありません)。将来、ラゲブリオが日本でFIPに使用可能になったとしても、かなり高額となる可能性はあります。

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2023年8月、千葉県佐倉市のユーミーどうぶつ病院の佐瀬先生が、FIPの猫に対するモルヌピラビルの臨床研究の結果をを論文で発表されています。下記のように優れた効果を示しています。

 

Covid-19の研究が猫の命を救う一助に! 猫の不治の病にヒトの新型コロナウイルスの薬で治癒  米国獣医内科学学会紙に論文掲載

 

Molnupiravir treatment of 18 cats with feline infectious peritonitis: A case series

J Vet Intern Med. 2023 Sep-Oct;37(5):1876-1880.

 

・対象:18匹のFIPの猫(14匹がWet、4匹がDry type:3匹は神経症状 or 眼症状あり)

・投与方法:モルヌピラビル 10-20mg/kgを1日2回経口投与、約84日間

  製剤

   インド製のモルヌピラビル(MOVFOR 200mgカプセル)から粉末のモルヌピラビル200mgを取り出し

   セルロースと混ぜて12gの粉末にした後、200個の6mm大の錠剤(1個 20mg)に成型

  投与量

   Wet type: 10mg/kgを1日2回

   Dry type: 15mg/kgを1日2回

   神経症状 or 眼症状:20mg/kgを1日2回

・結果:14匹の猫は寛解(発熱や食欲は投与ご2-3日で改善)、3匹は死亡、1匹は安楽死

・安全性:3匹の猫は一過性に肝酵素(ALT)が上昇、1匹は一過性の黄疸。いずれも自然に回復

 

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参考までに:新型コロナに対するモルヌピラビルの効果

 

Molnupiravir for Oral Treatment of Covid-19 in Nonhospitalized Patients.

Bernal AJ, et al.  N Engl J Med. 2022 Feb 10;386(6):509-20.

・重症化リスクが少なくとも1つあるワクチン未接種の軽症~中等症の成人患者を対象に、症状発症後5日以内

 に開始したモルヌピラビルによる治療の有効性と完全性を検証

・被験者は無作為に2群に割り付けられ、一方にはモルヌピラビル800mgを1日2回5日間投与し、もう一方には

 プラセボを投与

・29日間の入院または死亡の発生率は、プラセボ群(699例中68例、9.7%)よりも、モルヌピラビル群(709

 例中48例、6.8%)が低率だった(群間差:-3.0ポイント、95%CI:-5.9~-0.1)

・29日間の死亡は、プラセボ群9例、モルヌピラビル群1例だった。有害事象の発生率は、それぞれ

 33.0%(701例中231例)、30.4%(710例中216例)だった

 

Antiviral drug treatment for nonsevere COVID-19: a systematic review and network meta-analysis.

Pitre T et al. CMAJ. 2022 Jul 25;194(28):E969-E980. 

・中等症以下の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する抗ウイルス薬治療の効果を系統的レビューと  

 ネットワークメタ解析で検討

・2022年4月25日までの中等症以下のCOVID-19で抗ウイルス治療、標準治療、プラセボを比較した無作為化試 

 験41報(成人患者1万8568例)を評価

・モルヌピラビルは1000人当たりの死亡数が10.9人減少、ニルマトレルビル・リトナビルは11.7人減少した。

・モルヌピラビルと比較すると、ニルマトレルビル・リトナビルで入院リスクが低下すると考えられた(1000

 人当たり27.8人減、確実性:中等度)。

・レムデシビルは、死亡リスクへの影響はおそらくないが、入院数が減少するとみられた(同39.1人減、確実

 性:低度)。

 

これらの結果を見るとモルヌピラビルは確かに新型コロナに対してそれなりの効果はあるようですが、上述のネコの研究の結果と比較すると、むしろFIPに対する効果の方がインパクトは大きそうです。