血漿バゾプレシン濃度

 

(以下に述べる血漿バゾプレシン(AVP)濃度の基準値は、以前の三菱のキットに基づくものです。

現在のヤマサのキットによる基準値との差については、多尿の鑑別および血漿AVP基準値の新旧乖離のページをを参照してください。)

 

1. 概説

バゾプレシン(AVP)は下垂体後葉から分泌されるアミノ酸9個からならペプチドホルモンである。主として浸透圧と容量系による調節を受けており、血漿浸透圧の上昇あるいは循環血漿量減少、血圧低下により分泌が促進され、血漿濃度が高値となる。AVPの生理作用には血管収縮作用、ACTH分泌作用などもあるが、臨床的に重要なのは腎尿細管のV2受容体を介した抗利尿作用であり、このため一般には抗利尿ホルモン(antidiuretic hormone: ADH)と呼ばれることもある。AVPの直接的な機能は抗利尿作用による体内水分量の調節であるが、水代謝はNa代謝と密接に結びついており、体液の希釈あるいは濃縮により血清Na濃度に影響を与える。

 

2. 検査の目的

脱水・浮腫・多尿・多飲といった水代謝異常、あるいは高Na血症・低Na血症といったNa代謝異常のときに、AVPの分泌異常の関与を明らかにするために測定する。特にAVPの分泌不全は中枢性尿崩症を生じ、過剰分泌はAVP分泌過剰症(syndrome of inappropriate secretion of ADH: SIADH)を生じることから、多尿あるいは低Na血症のときにその原因精査のためにAVPを測定する場合が多い。また、心不全や肝硬変などの浮腫性疾患の場合は、一義的病因ではないにせよAVPの分泌過剰が水貯留の方向に作用して水代謝異常を修飾していることがあり、AVPの測定が病態理解に役立つことが期待される。

 

3. 試料の採取方法、保存条件

AVPは血漿中で非特異的に分解され血中半減期は数分である。このため失活を防ぐ目的で、EDTA入りの採血管を用い、採血後は氷中あるいは冷蔵保存し、すみやかに冷却遠心により血漿分離して測定まで-20℃に保管する。妊娠時には胎盤より分泌されるオキシトシン分解酵素によりAVPも分解されるため、妊婦の採血の場合は酵素阻害剤であるphenanthrolineを添加する必要がある。尿中AVPは一般にはあまり馴染みがないが、通常の尿生化用スピッツで採尿し検査センターに提出すればよい。その際補正用に尿中Crも同時に測定する。尿中AVPは安定で高濃度であり、添加剤あるいは抽出操作は必要としない。

 

4. 測定法

AVPはradioimmunoassay (RIA)法により測定される。AVPは小ペプチドであり、抗体を作製することが困難であることから、現在我が国の検査センターはいずれも三菱化学メディエンス製のAVP RIAキットを用いている。これは感度と特異性にすぐれ、国際的にも認められたキットである。また、AVPの血漿濃度は健常人でもきわめて低値であるため、血漿中の非特異的な干渉物質を排除するためにSep-Pak法による抽出操作が必要となる。このため、他のホルモン検査に比べて採血量が多く必要となる。なお、三菱のキットの場合、オキシトシンとの交差反応は0.01%以下、デスモプレシンとは0.19%であり、ともに無視できる値である。

 

5. 基準値

血漿AVPの検査センターの基準値は0.3 – 4.2 pg/ml程度となっている。しかし、前述のようにAVP分泌は浸透圧の影響を受けるため、純粋な基準値というものはなく、血漿浸透圧あるいは血清Naと対比して評価することが必要である。図1は我々が三菱のキットを用いて設定した血漿AVPの正常分泌域を示したものである。中央の灰色の部分が正常人の分布範囲であり、これより右側だと相対的低値で分泌低下、逆に左に位置すると相対的高値で過剰分泌ということになる。簡便に再現して利用できるように正常範囲両側を示す直線の式を付加してある。ただし、これはあくまで正常人での結果であり、脱水や低血圧がある場合はそれだけAVPの分泌が亢進し、浸透圧あるいはNaとAVPの関係が左上にシフトすることになり、単純にこの図から評価することは出来なくなる。また、血漿浸透圧の測定は不安定であり施設間で結果に差がみられる場合もあることから、この図の血漿浸透圧は計算式[2 x Na + BUN/2.8 + 血糖/18]を用いている。本来AVPの分泌刺激となるのは浸透圧であるが、尿素は有効浸透圧とはならず、また血糖も糖尿病患者を除いては有効浸透圧刺激にはならないという考え方もあるので、著明な高血糖の場合を除いては血清Naで評価するほうが簡便である。ただし、高度の高脂血症や高蛋白血症の場合は測定法によっては偽性低Na血症を呈することがあるので注意が必要である。

 

なお、健常者の随時尿中AVP濃度は89.5 ± 76.5 pg/mgCrであった。一方、中枢性尿崩症患者の場合7.0 ± 3.0 pg/mgCrであり、全例が13 pg/mgCr以下であった。

 

6. 生理的変動

血漿AVP濃度には弱い日内変動があるとされるが、臨床上問題になるほどではない。立位では臥位に比べ高値となるが、Shy-Drager症候群などの神経疾患や循環血漿量が減少した場合のように起立による血圧変動が著明でなければ、その影響は大きいものではない。それよりも飲水行動の影響を受けやすく、飲水により血漿浸透圧が低下すれば低値となる。その他、嘔気や低酸素血症もAVPの強い分泌刺激となる。また、高齢者では腎の濃縮能が低下するため、代償的にAVPは高値の傾向となる。

 

7. 臨床的意義

a.尿崩症

尿崩症患者であっても通常は飲水量の増加により体内水分量は代償されていて明らかな脱水や高Na血症は認めないことが多い。図1を見るとわかるように血清Naが141 mEq/l以下ではたとえ血漿AVPが測定感度以下でも分泌が低下しているとはいえないことに注意すべきである。このため、多尿の程度が軽い場合であれば前夜から飲水制限をし、翌朝血清Naが上昇した状態でAVPを測定するというのもスクリーニング方法として可能である。

確定診断としてはAVP分泌刺激試験である高張食塩水負荷試験を行う。これは高張食塩水を点滴して血清Na、血漿浸透圧を上昇させ、それにみあった血漿AVP濃度の上昇が起きるかどうかをみる検査である(表1)。図2に示すように、正常者では血清Naの上昇ともに血中AVP濃度の上昇を認めるが、中枢性尿崩症ではAVPの反応性の上昇がみられない。腎性尿崩症の場合はAVPの腎作用の障害が病因となるため、代償的にAVP分泌は増加し、基礎値および負荷後の値が正常あるいは高値となる。心因性多飲症の場合は、血漿AVPの基礎値は正常から低値となるが、高張食塩水負荷により反応性の上昇を認める。

他にAVP分泌能をみる負荷試験として水制限試験がある。これは体重が3%減少するまで飲水を制限し、その間経時的に尿量、血漿・尿浸透圧、血漿AVPなどを測定するものである。しかし、長時間水制限を科し患者に苦痛を与えるものであり、また腎機能の影響を受け診断精度が低下しやすい上に、浸透圧上昇と循環血漿量減少との両方の分泌刺激が関与するため、結果の解釈がより複雑となる。ただし、血漿AVPの結果がなくても尿崩症の診断がある程度可能なのは強みであるが、信頼できるAVPの測定が可能な現在ではそれをする意義は少なく、高張食塩水負荷試験が第一選択になるべきである。

前述のように基礎状態では血漿AVP濃度から中枢性尿崩症の診断が困難なことも多い。その点では尿中AVP濃度の測定の方が鑑別能にむしろ優れている。前述のように随時尿で13 pg/mgCrを境界値としてスクリーニングし、これ以下の場合は負荷試験をして確定診断を進めることになる。

 

 

高張食塩水負荷試験

5% NaClの調整:例)生理食塩水300 ml+10% NaCl 260ml

0.05 ml/min/kgを2時間持続点滴:例)体重60 kgとして180 ml/hrを2時間

測定項目:血中Na, BUN, 血糖, 浸透圧, AVP

注意点:高浸透圧液を通常腕の静脈から点滴静注するので、血管痛を生じることがある。この場合はタオルで冷やす、あるいは検査後にはよくなるといって励ますなどで対処するとよい。

 

b.低Na血症

低Na血症の診断においては、実際にはAVP測定の臨床的意義は限定的である。SIADHの場合、異常高値であれば異所性AVP産生腫瘍の存在が示唆されるが、一般的には血清Naに対して相対的高値という程度で絶対値としては高くない場合が多い。むしろ低張性脱水の方がAVPは高値となる。SIADHの診断で最も問題になるのはcerebral salt wasting syndromeあるいはMRHE (mineralocorticoid responsive hyponatremia of the elderly)との鑑別であるが、血漿AVP値はいずれも相対的高値となり積極的な診断法にはならない。SIADHの確定診断のためにAVPの分泌抑制試験である水負荷試験をあげている成書も多い。しかし、水負荷は低Na血症の増悪を生じ脳浮腫のリスクがある。また、SIADHでは水負荷後の血漿AVPの低下反応が減弱するとされるが、その明確な判断基準は確立していない。したがって、施行する場合は対象を慎重に考慮する必要があり、むやみに行うべき検査ではない。SchwartzとBartterがSIADHの概念を最初に提唱したのはAVPのRIAが開発されるはるか以前のことであることからもわかるように、低Na血症の診断にとって、より重要なのは、身体所見や血液・尿検査から総合的に体液・電解質バランスを評価することである。

 

8. 関連検査項目

前述のように血漿AVPは血漿浸透圧あるいは血清Naとの相関でしか評価できないため、これらも同時に測定する必要がある。その他、水・Na代謝に関する検査項目としてはレニン、アルドステロン、尿酸などがある。